マルタウグイ産卵水域及び産卵生態の観察ライン

観察期間 2001.03.22〜05.25
観察地 多摩川中流域
観察者 中本 賢


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T.多摩川のマルタウグイ
多摩川の中下流域で川好きのお年寄りと河原で立ち話すると、必ず出てくる魚の話があります。
マルタウグイ・・・・・遠い多摩川の思い出を語る中で少々感傷的な気分にまぶされる”どうだ、お前は知らないだろう・・・”的な満足とともにその話は進みます。
”マルタウグイ”確かに面白い名前です。しかし、この変わった名前も姿を見れば直ぐにうなずけます。その名の通りマルタの様に立派なウグイなのです。
体長は40〜50cm、産卵期にはお腹にオレンジの鮮やかなシマ模様が入り、丸々と太った他には無い迫力が有ります。
お年寄りの話は更に続きます・・・・・「いやー、あれが一杯居てさー、良く網で打ったり・釣ったりして遊んだもんだヨ」・・・そして最後はお決まりの「あー、昔は良かったなアー」と5月の空を見上げたところで終わります。
その昔とはいったい何時頃の話なのでしょうか?・・・答えがまちまちなので正確なところは分りませんが、お年寄りの皆さんが最後にマルタと遊んだという記憶はだいたい昭和三十年代の頃の話だそうです。
僕が生まれた頃の多摩川がどんな川だったのか知る由も有りません。
その後、高度成長期が進むにつれて多摩川の水質も悪くなり始め、一時期はマルタウグイも殆ど見かけられなくなったそうです。
しかし時代は平成に入り、流域住民の環境意識も大きく変わり、各機関の皆さんの努力もあって近年、春の産卵期にはオレンジ色にお腹を染めたマルタウグイを中流域でも普通に観察できるようになりました。実感し始めています。
従って今度、川好きのお年寄りに会ったら少々希望に満ち溢れた気分にてそっとそのことを教えてあげなければなりません。

産卵の為に多摩川を河口付近から遡上して来たマルタウグイ。

U.産卵生態観察
私の住む河口から24キロ付近の多摩川でマルタウグイの大きな産卵群が見られるようになったのは6年前の95年頃からです。
以降、その数は年々増し続けています。特に約1キロ下流にある堰堤の改修工事が終わって新しい魚道が開通するのと同時にその数は飛躍的に伸びています。
毎年、3月下旬から5月の上旬頃まで大きな群れとなった産卵群があちらこちらで水しぶきを上げて産卵を繰り返しているから放ってはおけません。
さて、マルタウグイはどんな所で産卵しているのでしょうか?・・・・・・
他の多くの魚がそうであるようにマルタウグイも瀬の中で産卵します。何故わざわざ流れの強い瀬の中で産卵するのかは色々な説が有りますが、どれも正しい気がしています。どのような説が有るかと言うと・・・
@生んだ卵が他の魚に食べられない。
A流速が早く、石間を伏流する流れもあり卵の酸素を十分に補給できる。
B孵化した仔魚がいち早く流下できる。
何れも、産卵環境としてなくてはならない条件でもあります。では実際にマルタウグイの産卵はとのような場所で行われているのでしょうか?
以下は今年度の観察の中心となった多摩川中流域で行われていた産卵と状況です。

産み付けられた卵 魚道入り口で群泳するマルタウグイ
※魚道入り口を上流へのぼる為だけではなく、もっぱら魚道の外の流れを産卵床として利用していました。


≪堰NO.1下流部の全体図≫
堰の下流部には全部で8ヶ所の瀬が有りましたが、産卵床として利用された瀬は図A、B、Cの3ヶ所でした。

≪A:右岸魚道出口≫
産卵群確認の延べ日数 11日
産卵群数(匹) 最小:20〜30 最大:300〜400
流水形態 水深:17cm 平瀬内岸寄り
川床状況 砂利(平均径:6〜8cm)付着珪藻類・水アカなし

産卵行動のあった流れは封鎖されていた魚道出口をショベルカーにて掘削し、新しく生まれた流れ。人通りの多い場所だったが殆ど散る様子も無く産卵を繰り返す。魚道入り口だが、魚道に入る気配は無く、手前の平瀬内に留っていることが多かった。
マルタウグイが居る日と居ない日がはっきりと分かれる場所だった。



≪B:中州上部≫
産卵群確認の延べ日数 9日
産卵群数(匹) 最小:10〜15 最大:50〜70
流水形態 水深:22cm 平瀬内岸寄り
川床状況 砂利(平均径:4〜5cm)付着珪藻類・水アカなし

昨年、台風の時に出来た新しい流れで底質も全面良好だった。


≪C:中州下合流部≫
産卵群確認の延べ日数 9日
産卵群数(匹) 最小:8〜10 最大:20〜30
流水形態 水深:16cm 平瀬内岸寄り
川床状況 砂利(平均径:5〜7cm)付着珪藻類・水アカなし

流心Aは増水時に削れて出来た新しい流れ。
流心@とBは石が水にもまれておらず、堆積した沈殿物や珪藻などで黒い底になっていた。
流速・水深共に同じ条件だったが、やはり底質は産卵床選びの中で大きな割合を占めるようだ。


≪堰NO.2下流部の全体図≫
堰のから約600m下流付近からの図です。
それ以前の瀬ではマルタウグイの産卵は確認出来ませんでした。
以下は確認できたA〜D地点の状況です。

≪A:岸側堰下2段目右≫
産卵群確認の延べ日数 3日
産卵群数(匹) 5〜8
流水形態 水深:18cm 平瀬内にある淀み
川床状況 砂利(平均径:4〜6cm)付着珪藻類・水アカなし

川床の形状の変化により早瀬内にあるながれの緩む場所を利用していた。
しかし、空間的に非常に狭い為、大きな群れとならずに産卵をしていた。

≪B:堰下2段目左岸合流口≫
産卵群確認の延べ日数 4日
産卵群数(匹) 30〜50
流水形態 水深:19cm 平瀬内岸寄り
川床状況 砂利(平均径:5〜8cm)付着珪藻類・水アカなし

左岸にあたる流れが削り落とした砂利の為、付着物は無い。
かなり浅い流れの中で物凄い水しぶきを上げて産卵していた。
人の入ることは殆ど無い場所。
≪C:堰下右岸3段目≫
産卵群確認の延べ日数 6日
産卵群数(匹) 最小:30〜50 最大:200〜300
流水形態 水深:20cm 平瀬内流心脇
川床状況 砂利(平均径:5〜8cm)付着珪藻類・水アカなし

形状的に大変オーソドックスであり、後方の淵には産卵を待機する大きな群れが有った。
≪合流点≫
産卵群確認の延べ日数 3日
産卵群数(匹) 15〜25
流水形態 水深:17cm 平瀬内
川床状況 砂利(平均径:4〜6cm)付着物なし・砂砂利

深い淵を後方に持った広く長い早瀬。
全体に良く動いた砂砂利のようで、踏むとふあふあしていた。


以上、七ヶ所の産卵状況を紹介しましたが産卵確認数などそれぞれ巡回観察回数に違いが有る為に確認日数の大小がそのまま産卵床としての利用頻度とはなりません。
その他の箇所でも産卵行動は有りましたが、産卵群数として10匹以下の箇所は省いています。


V.マルタウグイの産卵生態

【観察を通して想像できる事項】
書き出した産卵場所は観察区域内で比較的大きな産卵群が産卵場所として選んでいた場所です。
しかし共通する環境さえあればどんな小さな場所でも必ず産卵は観察できました。

@場所選びに共通する産卵環境
七ヶ所の産卵床にあった、大きく共通する事項を挙げると次のようになりました。
  *瀬の状況として直線である。
  *流れの速さが秒速1メートル以上(注1)ある、推進30センチ未満の早瀬。
  *川底の石の状態が大きさの平均として約3センチ以上、6センチ未満(注2)で石の表面にヌル(注3)や珪藻類が付着していない。
  *産卵場とした早瀬の下流側に発達した深い淵(注4)がある。
観察区域内にあった15ヶ所の瀬の中で、この条件が揃うところは全ての瀬で大小の産卵群が入っていました。
従って総数で考えると登って来たマルタウグイの数は相当の数だったのが分ります。
  (注1)自作の流速計にて計測。おおまかな数字として使用。
  (注2)それぞれの底石の一番広い部分の長さ。
  (注3)川床に堆積した水アカ。
  (注4)そうでもない所でも産卵行動はあったが、何れも10匹未満の小さな群れだった。

水しぶきを上げる、産卵の瞬間 産卵群の水中画像 メスの放卵に群がるオス

A産卵形態
産卵形態としては、ほぼウグイと同じで瀬の中の良き位置を見つけたメスが定位すると、周りのオスがサッと近寄ってメスの産卵の瞬間を待ちます。
メスの産卵が渋いと周りのオスは体をメスにつけてブルブルと体を震わせながら産卵を促進して、メスの放卵と共にオスは一斉に飛び込んで放精します。
水深が20センチほどの早瀬内なので抱卵・放精の瞬間は大きな水しぶきが上がります。
従って陸の上からも産卵は容易に見つけることができました。
水中の映像でたしかめて見ると、1匹のメスに対しての産卵群構成はメスの両脇から放精するオスが2匹から3匹と実際は少なく、大半の突進してくるオスは卵を喰いに群がった産卵に直接関係のないオス達でした。
産み付けられた卵は直径2ミリほどの大きさで、底にある石の側面側に多く付着していました。
かなり粘着性の高い卵で、水の中で強く揺すっても剥がれません。

B多摩川中流域における産卵時期
産卵行動は本来は夜間ですが、最盛期になると昼夜関係なく瀬に出て水しぶきを上げています。
産卵期は長く、多摩川では3月の上旬から姿が見え始め、4月上旬をピークにして5月中旬頃まで観察できました。
特に4月初めの満月大潮日となった、8・9・10日は日中から大きな群れを作り、激しく水を叩く姿が随所で観察出来ました。

C産卵群の体長変化 
3月上旬から始まるマルタウグイの産卵を通して観察していくと、中流に到達するマルタウグイの体長が徐々に変化していくのが良く解ります。
4月上旬頃までのマルタウグイは捕獲してみると平均で50センチ前後、中には60センチに届く大きさのものもいます。
しかし、ピーク時が過ぎた5月上旬頃のマルタウグイは平均で40センチ前後に落ち着き始め、中には30センチの小型も交じり始めます。
体格の良い元気な魚から川をのぼり始め、水温が上がり始める頃には体の小さな魚ものぼり始める・・・・・そんな魚の遡上事情が想像できます。
これはアユも同じで遡上期と遡上末期の体長変化は夫々の遡上タイミングに何らかの関係があることが解りました。


W.産 卵 水 域

ではマルタウグイはこの多摩川を何処までのぼって産卵しているのでしょうか?
3月22日・23日、4月10日の計3日間を使い、多摩川におけるマルタウグイの産卵場所の上限と下限を探してみました。

上流域

以下は4月11日の巡回観察の結果からです。
   天候:晴れ 水温:20℃ 水量:33cm 透明度:50cm

水垢のついた川底

【上流域】

川底の石も産卵床にするには少々大きいゴロタ底だった。
  *石間に沈殿物が溜まって石間を固めていて、川床全体がコンクリートのように固い。
  *全体的に石にひどくヌルが付き汚れていた。
  *40年ここで釣りをやっているという叔父さんの話によると、一度もマルタウグイはここで見たことが無い・・・・との事!!
所々に産卵に集まりそうな瀬も有ったが、何れも長らく揉まれていない川底であり、水深・流速共に適していても産卵できる状態では無かった。
産卵床として使える瀬の中の底石は上流側ではFの一ヶ所だけだった。川床の砂利底が良い状態になれば、もう少し上流側での産卵も可能になるかも知れない。
なにより上河原堰の魚道をマルタウグイがのぼったことを確認できたのは唯一の喜びとなった。

下流域

珪藻類の付着した石

【下流域】

瀬全体が石の状態が良い。トロから先、瀬の前は沈殿物、ヌルが多かったが流れそのものが新しい場所のようで水深など産卵環境が整った場所には卵が横一列に瀬を横切る様に岸から岸へと帯状に有った。
今回の観察では産卵水域の上限は河口から28.4キロ地点ということになりました。
しかし、川床状況が良ければ更に上限は上がる可能性もあり、引き続いて観察を続ける必要があるようです。
産卵水域下限では河口から15キロ地点で、卵を確認したのが最後で、それ以下は底質・流速共に適したところが無かったようです。
3回の巡回観察中にも大きなマルタウグイの産卵群と出会うことも有りませんでした。
従って想像出来る産卵水域は下限河口15キロ地点から上限28.4キロ地点の13.4キロ間。
その中で最も多くの産卵群が観察出来たのは河口18キロから22キロ地点までの計4キロでした。
これはほぼアユの産卵域と同じであり、降河・遡河にかかわらず川で産卵する回遊性の魚が選ぶ産卵域には共通する事項も多く、回遊魚の産卵床選びにどんな選択基準があるのか深い関心を持ちました。



X.観察を通じて感じたこと

改めて観察してみると多摩川を遡上するマルタウグイのあまりの数に実はかなりビックリしています。
この魚を多摩川で甦らすために努力をなさった皆様には心から敬意を表します。
平瀬の内についた数百のマルタウグイ産卵群はまるで北海の鮭のようでもあり、とても東京多摩川とは思えない景色でした。
このマルタウグイの故郷への帰郷は、又新しく生まれた多摩川の豊かさそのものでもあり、希望に胸が膨らみます。
年々、川環境が悪くなる河川が多い中で、東京多摩川で起こる”年々良くなる現象”を一つ一つの観察を通じて確認出来る幸せを感じます。
30年後、老人になった僕が河原でつかまえた青年にいったいどんな立ち話ができるのか・・・・・実は一寸楽しみなのでアリマス。

By KEN NAKAMOTO
HP Design By TANSUIGYOCLUB’S SAKU
10.September.2001

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