多摩川におけるオイカワの産卵生態観察
観察期間 | 2001.07.13〜07.17 |
観察地 | 多摩川中流域 |
観察者 | 中本 賢 |
T.産卵の観察
空梅雨となった今年の7月上旬、オイカワの産卵を観察しました。
多摩川の中流域で最もポピュラーな魚であるオイカワが何時どんな所で産卵を成し遂げ、世代を重ねているかは意外と知られていません。
現在、多摩川にいるオイカワが古くからこの川で暮らす在来種なのか、はたまたアユなどの放流に混じって移植されたものなのかは今のところ定かではありません。
その存在は一年を通じて釣りやタモ網すくいなど手軽に楽しめる遊び相手として最も流域の住民に親しまれている魚でもあります。
流れの速い水の中をエメラルドグリーンと鮮やかなオレンジに身を染めて素早く泳ぎ回るこの魚はいったいどんな環境で世代交代をしているのでしょうか・・・・・・・・・。
まとまった雨も少なくすっかり水位も下がってしまった7月13日から17日までの5日間、この愛くるしい魚たちの産卵を観察してみました。
産卵はこの平瀬内にある小さな”ワンド”で行われていた。(左岸、岸よりにある巻き返しの淀み) | オイカワ(Zacco platypus) コイ科ハエジャコ亜科オイカワ属 |
≪オイカワ≫ 形態:体長15cmで背部は淡褐色、腹部体側は銀色で体側にオレンジ色の小さな横斑が並びます。 婚姻色は極めて明瞭で、体側は鮮やかな青緑やオレンジ色を帯び、又特に頭部に明瞭な追星を生じます。 オスはメスより大型になり、尻鰭はメスに比べて著しく大きくなります。 分布:北陸・関東地方の以西の本州・四国瀬戸内川・九州の河川中、下流域及び湖沼に広く分布。 朝鮮半島・台湾島・中国南東部等に分布しています。 |
U.産卵生態
河口より22.5キロの左寄り中州脇を流れる平瀬ワンド。
観察日の天候・水温は晴れ:3日、曇り:2日、水温:28〜30℃でした。
産卵環境は平瀬内にある岸よりに出来た小さなワンド。岸側は全て植物帯であり、平瀬内から入ったワンド内の流れは急速に流れを緩め、水深10〜20cmを保ちながら毎秒15cm未満の流速でした。
底質は平瀬から巻き込み堆積した石礫質であり、良く動いた底は珪藻類及び水アカ等の付着も無く、美しい状態を保っています。
≪産卵形態≫
オイカワの産卵はオス・メス一対で行われ、一匹のメスは一度でなく何回かに分けて卵を産みます.
産卵に適したこのようなワンド内では縄張りを確保する為にオス同士の激しい争いがあり、体当たりを繰り返します.(画像1)
頭部やアゴの下に突起した硬い追星は争いの時の武器になるようで、多くのオスの体には体当たりを繰り返した深い傷が残っていました(画像2)。
画像1 スペース確保の為、争う♂!! |
画像2 鱗が剥がれる程の深いキズが付いている。 |
画像3 他の♂を追い出し、産卵スペースを確保した♂ |
画像4 ♂に近づく♀ |
画像5 水面に浮き、尻鰭を広げる♂ |
画像6 ♂の尻鰭をくぐる♀ |
やがてメスはスペース内の良き所へ定位し、産卵の体制に入ってオスを待ちます。(画像7)
オスはその長い尻鰭を使い上手に召すを下から抱き込みます.(画像8)
産卵、放精の瞬間はオス・メス共に激しく尾鰭を震わし、砂礫質の底にほぼ下半身を埋め込むように行いました。
画像7 定位した♀に近づく♂ |
画像8 押さえ付けるように♀を抱く♂ |
画像9 砂礫を巻き上げての産卵 |
卵は肉眼ではなかなか見つかりませんが、尾鰭によって掘り返した砂礫と共に後方へ撒かれ、運悪く埋もれずに表層に露出した卵は産卵と同時に群がってくる他の同種のメスに瞬時に喰われてしまいます。
産み付けられた卵は3日ほどで孵化し、卵黄を吸収しながら、体長が8ミリほどになるまで産卵床内でじっとして過ごします。
数日後、産卵の会ったワンドに訪れて見ると、既に卵黄を吸収し終えた仔魚達がワンド内表層に群れていました。
その後は河川を流下して、1年で10センチほどに成長し、2年で12センチ、3年で13センチぐらいに成長します。
2年目には産卵に参加できるまでに成熟します。
V.観察をして解かったこと
≪オスの尻鰭の役割≫
オイカワの尻鰭はメスのそれよりも大きく発達して、後方まで長く広がっています。
色彩も無色のメスとは異なり、淡いオレンジ色で染まります。
観察を続けるうちに、この婚姻色に染まった大きな尻鰭が産卵放精に大きな役割があることが解かりました。
メスを呼び込むために水面に浮き上がり、その大きな尻鰭を大きなのれんのように下にひろげているのも面白い発見でしたが、メスを押さえ込んでからメスの体を引き寄せるのにこの尻鰭が上手に使われていました。
さらにオスの尻鰭はメスのちょうど尻鰭の基底部をぐるりと包み込むように巻き込まれていて、これはおそらく放出された卵を自身の丸めた尻鰭内を通過させることにより、卵を効率良く受精させるための行動であることが想像できました。
≪順番待ちのオスの待機≫
産卵床であるワンドにスペースを確保したオス達は次から次へと現れる同種のオス達を追い払うのに必死です。
観察はそのワンド内にあるゴロタ石に腰掛けての観察でした。
産卵はほぼその足の周りで行われ、オスもメスも観察者の存在に怯む事無く果敢に行われていました。
通常はそのゴロタ石の上にコサギが1羽とまっていて、いとも簡単に定位したオスやメスを捕食しています。
捕食によって空いたスペースには直ぐに次のオスが入り、またコサギに捕食されています。
コサギにも縄張りがあるようで、そこでは常に一羽だけになっていました。
従って、5箇所あったスペースの何処かで、産卵は随時成功していましたが、身じろがずに産卵をしている彼らの必死さは大変なものだと感心させられました。
スペースを確保出来なかった追川のオス達はワンドの外へと追い出され、ワンド入り口の平瀬内に列を作るように並び、繰り返し突入を試みています。
あれだけ激しい争いをしているのに一度、平瀬に出てしまうと争うこともなく待機しているのが観察出来ました。
≪順番待ちのオスの待機≫
孵化した仔魚は成長と共に順次ワンドから離れ、平瀬の流れに乗って流下していきます。
そして直ぐ下の流れの緩みから河口付近までと、かなり河川全体に幅広く分布していくようです。
アユの遡上のピークが終わる5月中旬以降、婚姻色に体を染めたオイカワが下流側各堤で遡行の為、ジャンプを繰り返す姿を毎年観察することができます。
特に河口から最初の堰ではアユの遡上時に等しい数が堰堤下流側で溜まっていることも度々あります。
この堰より下流側では産卵に適した瀬がないことから、これらのオイカワの多くが上流から流下して行ったことが想像できます。
従って、海に出ずともオイカワには産卵期の遡上と仔魚期の降河がある可能性が強く、堰堤魚道を通過する種としても考えて行く必要があるように思いました。
W.観察を通じて感じた事
婚姻色に染まったオイカワは大変に美しい魚です。
水槽で飼育しても大きく色変わりする事も無いので、釣って持つ帰っても十分に観賞魚として育てることも出来ます。
多摩川の中流域ではその数で言うと圧倒するほどの主流魚です。
保護されることも、新たに放流されることもない雑魚ではありますが、河川の生態バランスを底辺で支える立派な魚でもあります。
オイカワは釣竿でも、タモ網でも、何処ででも楽しく出会える魚です。
しかし、何処にでもいる魚だからといって、何処でも産卵出きるわけではありません。
オイカワが産卵床として選んだのは水辺の大変に小さな環境でした。
そして、希少種となった殆どの魚がかつてはあたりまえに居た魚達ばかりです。
彼らが必要とする小さな環境を理解してあげながら、今後も流域市民の親しみやすい魚として大切にしてあげられれば・・・・・・・と願っています。
By KEN NAKAMOTO
HP Design By TANSUIGYOCLUB’S SAKU
22.September.2001
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