アユの産卵観察ライン

観察期間 2002.10.25〜2002.11.20
観察地 多摩川中流域 中州と上の瀬
観察者 中本 賢

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T.観察の概要


アユの産卵を観察しました。多摩川のアユです。台風シーズンも過ぎ、河原ヤブからはコオロギの涼しげな声が聞こえます。秋は、川魚たちにとってのっぴきならない季節です。冬を越す準備や、次の年への世代交代を済ませなくてはならないからです。
慌ただしく動き回る秋の魚たちの中でも、1年しか命を持たないアユの産卵行動は、川の1年を締めくくる最後のイベントとなります。もち論、成功させなければ来年がありません。ですからアユたちも、なりふり構わず産卵に打ち込みます。
今年は、主に産卵生態について観察を行いました。多摩川でアユの産卵が観察できるのは、おおむね10月上旬から11月の中旬ぐらいまでです。場所は、下流域に近い中流域界隈で、河口から25キロ付近の調布市前後から、約10キロ下がった大田区の辺りまでが、主な産卵水域となります。
今年の多摩川は、アユの遡上がとても多い年でした。100万匹を越えたそうです。それに、夏の間に適度な雨も多く、川底の状態は例年になく良い状態でした。したがって産卵期を迎えるアユの数も非常に多く、産卵の生態を観察するにはもってこいの年になりました。
以下は、10月下旬から11月中旬までの間で行なった、計12日間の産卵観察の報告と感想です。


U.観察の環境

【観察の方法】

今年のアユの産卵観察は、水中で直接観察することが中心になりました。多摩川は水の濁りも強く、水の澄んだ時でも覗いて見えるのは約1メートル。普段は50センチぐらい先までしか見えません。魚を観察するのには、それでは不十分です。これまでにも何回か水中での観察を試みましたが、産卵を理解するまでには至りませんでした。
今年の多摩川は、潜ってみて驚きました。何より川底の石がとても綺麗です。それに随分遠くまで見渡せることが出来ます。たぶん2メートル範囲ぐらい見えています。したがって、例年にない充分な産卵観察が出来ました。

【観察地の環境】

観察を行った瀬は、河口から約24.5km、狛江五本松前にある中州の先端部にあります。前後にも、似たような形状の瀬はありましたが、瀬の状況や産卵アユの密度から、観察はここで行いました。

瀬の間口は、約20m。川底は右岩側に緩やかに傾斜しており、流心は右岩を削り取るようにして流れている。平瀬入口から、早瀬の終わりまでで約14mほどあり、全体的に台形をなした、まだ砂利の積もりたての若い瀬だった。


V.アユの産卵生態

【産卵アユは上の淵から降りて来る】

産卵場となる瀬で産卵アユを待っていると、陽が傾き、辺りが暗くなり始める頃に、瀬の上流側の淵でアユがピョンピョンと水面を飛び始めます。淵の中で産卵を待機していたアユたちが、大きな群れとなって動き始めた合図です。やがて、群れは下流へと移動しながら、産卵を行なう瀬へと入って行きます。
しかし、実際瀬の中で、水中に潜りアユを待っていると、瀬に入るのは下流から瀬を登ってくるアユが殆どです。
産卵に向かうアユが瀬の下から登って来るとしたら、上流側で飛び跳ねている大きな魚は何でしょう・・・?
次の日、産卵が始まる前に今度は瀬の下流側で産卵アユを待ち受けてみました。産卵のピークは、日没後のまだ空に明るさが残る50分間です。
しかし、下の淵からはなかなか登って来ません。見えるのは、オイカワやタモロコばかりです。水の中から顔を出し様子を伺うと、上流側の淵尻あたりで水鳥の群れがしきりに水中へダイブして魚を咥えています。
そして、しばらくすると、流心の下を大きな魚の群れが一気に下って来ました。アユです。鳥に追われて逃げたのか、産卵床に入る時には、いつもこの方法なのかは定かではありませんが、観察した日は、すべて産卵床へのアプローチは同じ方法でした。一度瀬を通り抜けて、ふたたび今度は下流の方から瀬を登ります。
したがって、これまで考えていた通りに、産卵のアユが待機する上の淵から下ってくるということで、間違いないようです。

瀬におりる、産卵アユを狙うユリカモメの群れ。 瀬に降りた♂のアユは、川底に這うようにして群れを作り、
♀を待つ。


【オスの産卵待機場所】

瀬に入った産卵アユは、それぞれ小さな群れとなって、瀬の中をあちらこちらとさまようように泳ぎ回ります。やがて頃合い良い場所が見つかるとそこに留まり、さらにそこが他よりも良い場所だったりすると、次から次へと群れが集まって来て大変な数になります。“頃合いの良い場所”とは、主に強い流れから身を隠せる、平瀬内に点在するグリ石大の石の裏側や、川底の窪んだへこみの中です。
産卵は、すぐには始まりません。最初に集まるのはオスだけのようで、婚姻色に染まったアユばかりが大きな群れになっています。場所は水深20センチ前後の流心脇に出来た早瀬の中で、底の状態は、新しく積もったグリ石から小砂利の層で、汚れはありませんでした。



【オスの婚姻色について】

産卵に入ったばかりのオスの体は、まだ銀色をしています。メスかと間違えてしまいそうです。ところが、群れの数が増えてメスを迎え入れる頃になると、たちまち体は黒く染まり体の表面がザラザラとしてきます。翌朝になると、そういった特長もふたたび消えて元に戻ってしまいます。
したがって、アユのオスの婚姻色は産卵の瀬に入り、興奮して変化が表れることが分かりました。オスの体表がザラザラしているのも、産卵の際メスとのからみ方からして、放精の瞬間に、押さえつけたメスがヌルヌルと滑らないようにする為なのが、想像できました。

産卵中の♂。黒くサビている。 瀬に入る直前の♂アユ。サビてない。 ♂は体表がザラザラしてくる。


【産卵の形態】

待機場所に群れたオスは、オイカワやイワナのように、他のオスを追い回すようなことはしません。やがて、群れの中にメスが入ってくると、メスを囲むようにオスが群がります。
オスは何匹かのオスを連れてうろうろしている場合もありますが、1匹でふらふらしていることも多く、形としては群れたオスたちが、前もってメスが産卵をしそうな所で待ち受けていて、そこにメスが現れると一気に放卵、射精へとなっていく感じでした。
現れたメスは、まとわり付くオスを気にするでもなく、放卵する場所を探します。よく観察を続けると、メスが気を引かれている場所の多くが、ふわふわとした積もったばかりの砂利の上に乗る、少し大きめのグリ石などの周りです。そこには、砂利石とグリ石の間に、くびれた隙間のような分け目が出来ています。
メスがそこに留まると、群れたオスは、メスを取り囲むように挟み込んで体をブルブルと震わし、。そしてメスの突進とともに、一気に放卵と射精は始まります。
メスは、グリ石の下やくぼみの壁に頭から潜りこむように、激しく突進し、実際に肉眼でみた感じでは、体のほとんどを砂利に埋めた状態で放卵していました。産卵後、メスはすぐにその場を立ち去りますが、オスたちは他に移動することなくその場にとどまり、再びメスが現れるのを群れて待ちます。
後日、産み付けられた卵を観察しに行くと、卵が露出する石の表面に付いていることはほとんどありません。食べられて無くなってしまうこともあるようですが、実際はそのように砂利の中へ潜って産卵するために、卵はグリ石の川底との接着面や、さらにその下の層にある小さな砂利にからむように付いているのがほとんどでした。



【卵の敵】

産卵の場となった瀬では、アユ以外の魚は、1度も見ることがありませんでした。卵は、ウグイやコイに多くが食べられていると考えられているようですが、そのようなことはないようです。
一方で、産卵の瀬では、たくさんの砂を飲み込んでいるいわゆる“砂喰アユ”がたくさん現われますが、その胃の中身を観察しますと、砂粒に混じって多数のアユの卵が見つかるそうです。砂喰アユになるのは、オスだけだそうで、したがってアユの卵の最大の敵は、オスのアユということのようです。(石田力三著“アユその生態と釣り”より)



【産卵と日照の関係】

産卵は、陽が西に傾き、空の明るさに陰りが出始める頃から始まります。観察期間中の10月下旬から11月の初め頃の時間で言いますと、午後4時頃から産卵は始まり、西の多摩丘陵に陽が入る5時前後から産卵はピークを迎え、ピークはそのまま空に完全に明るさが消える6時頃まで続きます。
水の中から見ても、空が夜の暗さに落ちついてしまうと、アユの数も徐々に少なくなり始め、やがてほとんど居なくなりました。逆に早朝、まだ暗いうちから、産卵アユを観察してみましたが、観察を行った2日間共、そこでは産卵を観察できませんでした。
今回の観察では、それ以外の時間帯での観察を行いませんでしたが、日照と産卵の関係から見ると、産卵は水の中が暗くなり始める夕方から、空が完全な闇になるまでの約2時間が最も盛んであることが分かりました。



【潮汐と産卵の関係】

12日間の観察の中で、大潮日は11/3〜11/6の4日間ありましたが、瀬に集まる産卵アユの数は、他の潮汐日とは明らかな違いがありました。
産卵は、大潮日に集中することが分かりました。


【産卵と水温の関係】

観察を開始した10月25日では、観察地点で20℃の水温がありました。しかし、多くのアユの体に産卵の際に出来るたたきキズがついており、すでに各所で産卵は始まっている様子でした。
産卵がほとんど終わり、観察を中止した11月15日の水温で、15.5℃となりました。
それ以降、大きな産卵は、この観察地点ではありませんでした。
若アユが川を遡る頃の水温というのは、アユにとっていろいろな分岐点になる水温なのが想像できました。(多摩川における遡上期の水温 16℃〜20℃)


産卵の際、砂利底を叩くために出来るオスの傷。


【延べの産卵日数と卵数】

この観察地で見たアユの総数は、いったいどれくらいの数になるのでしょうか・・・。ビデオで映し出された映像から画角が変わるたびに数え出すと、1画角で約300〜500匹ほど映っていて、ビデオを回した5区画だけでも、撮影したその日にいた産卵アユの数は、2000匹前後ということになります。
しかし、それは観察をした平瀬内の半分にも満たない広さです。観察者の実感を疑わずに書くならば、最盛期には平瀬内は、一面産卵アユに埋まっており、ゆうに1万匹は越えていた感触があります。
もち論、日によって集まる数に違いがあるので、何とも言えませんが、そのような産卵が産卵期の間長く続いたわけで、いったいこの瀬の中でどれくらいの卵が産み付けられていたのか簡単には想像できませんでした。
平均的には、体長18センチ前後のメスで、卵は3〜5万個産むと言われています。おそらくこの瀬の中にある卵の数は、どんな想像よりも多い数だったに違いありません。




W.観察を終えて

陽が落ちて、産卵場にアユが降り始めて来ると、心臓がドキドキします。みるみる体が黒くなっていき、産卵が近いことを知らせてくれます。強い流れの中、僕の存在にたじろぐこともなく、どの子も懸命に泳いでいました。
やがて、水の中が薄暗くなると産卵は一斉に始まります。いたる所でとぐろを巻くアユの群れで、あたり一面が揺らめいていて、まるで川底全体が生き物のように見えます。
信じられないことに、流れに流されまいと、ふんばった僕の体に、たくさんのアユが寄り添い卵を産んでいます。お腹の下に潜り込んで来たり、手のすき間に割り込んで来たり、おかまいなしに産卵は続きます。
とても信じられない光景でした。こんな状態で産卵を見るのは、僕も初めてのことです。
ここは遠くにある大自然の川ではありません。たくさんの人々の真横を流れる都市の川です。ここに至るまでの沢山の方々の大きな努力が、いつの間にかこんな景色まで生むようになりました。
懸命にがんばるアユの姿を見ながら、これまで多摩川のアユに関わった観察や感動が、次々と思い起こされてきます。なんだか、急に胸が熱くなってきて川の中でうずくまってしまいました。
誰もいない夕暮れの赤い空の下、僕はとても幸せな満ち足りた気分になっていたのかも知れません。

アユの産卵を観察するのは、難しいと思われがちですが、今年のようにアユがたくさん居る年ならば、実はとても簡単に観察することが出来ます。長グツと箱メガネだけでも、充分すぐ目の前にして観察が出来ます。
身近な川に、沢山のアユが暮らしているのは、とても幸せなことです。この川のアユは、人々の努力によって再生した魚です。多くの方々に、再生した美しいアユたちの姿を知って頂きたいと願っています。
ぜひ、秋の1日、近くの多摩川にて、ふる里のアユたちを励ましに出掛けてみて下さい。きっと、魚たちも喜ぶと思いますヨ・・・。

By KEN NAKAMOTO
HP Design By TANSUIGYOCLUB’S SAKU
14.December.2002

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