春の遡上観察ライン

観察期間 2002年4月1日〜2002年5月1日
観察地 多摩川水系中流域
観察者 中本 賢


* 多摩川水系中流域 *


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T.はじめに


河原に可愛らしい草花も咲き始め、本格的な春の兆しを感じると、なんだか心の中までポカポカしてきます。 
2002年4月――。今年の春は、とても早い春でした。多摩川河川敷で1番最初に花を付けるオオイヌノフグリは、例年より2週間以上早く咲き、土手に並ぶ桜も3月下旬にはすでに満開でした。 今年も、多摩川を遡行する水生生物の観察を行います。場所も観察方法も、これまで通り同じ方法です。期間は4月の1日から5月1日までの1ヶ月間、約30日。
今年は仕掛けカゴに入った水生生物の数が、なんと6786匹にもなりました。これは、昨年春に行なった同観察時の約5.5倍の数です。いったい昨年とは、どんな違いがこの多摩川に起きていたのでしょう・・・。とても興味深い観察となりました。


U.観察概要

春は川に暮らす魚たちにとっては、移動や産卵の季節です。春に産卵する 純淡水魚群では、生まれた泳ぎの弱い仔魚たちが、海まで流れ落ちないよう、より上流へと移動します。そして海からは仔魚期を河口沿岸で過ごした回遊性の魚たちが、さらなる成長を目指して、河川を遡ります。したがって、この時期に観察用の仕掛けに入る多くの水生生物は、たくさんの卵を抱える親魚だったり、これからこの川で生活を開始する小さな子どもたちです。
そういった多摩川の未来を担った魚たちの移動を調べながら、変化しつつある多摩川の河川環境を観察します。



V.仕掛けの説明

仕掛けは“のぼり落し漁”という、主にドジョウなどの底層魚類を捕獲するための仕掛けです。中部長良川などでは、アジメドジョウと言うおいしいドジョウを捕るために、古くから使われています。仕掛けの原理は、とても簡単です。 急な瀬や魚が登りにくい段差のある所で、流れに板をはわせニセの魚道を作り、遡行を渋った魚たちを登らせカゴの中に落とす・・といったものです。ですから、魚がたくさん滞る場所さえ見つけられれば、とても簡単に魚を殺すことなく観察できます。 今年も、昨年に引き続き、河口より約26キロ地点にある、多摩川水系中流域にある越流部分東端に仕掛けを設置して観察を行いました。

以下は、観察期間中にカゴに入った魚種と、その数です。

(魚種と捕獲数)

NO. 魚種名 体長(cm) 観察数(匹)
ヨシノボリ類 4.5〜8 2047
タモロコ 5〜7.5 526
スゴモロコ 7〜11 45
モツゴ 6.5〜8 127
オイカワ 5.5〜12 658
アブラハヤ 9〜36 11
ウグイ 5.5〜12
フナ類 9〜36 203
カワムツ 6.5
10 ムギツク 8.5 15
11 アユ 8〜10 1599
12 スミウキゴリ 3.8
13 ナマズ 20〜58
14 ドジョウ 11〜12
15 シマドジョウ 6〜8 147
16 スジエビ 3.5〜6 1376
17 モクズガニ 1.5〜6


(日割り捕獲数表)
続きまして、日別の捕獲数や当日の気象条件などを、表にしてまとめました。

日  付 4/2 4/3 4/5 4/6 4/7 4/8 4/9 4/10 4/11 4/12 4/13 4/14 4/15 4/16 4/17
天  候 快晴 快晴 晴れ 晴れ 曇り 曇り 曇り 曇り 晴れ 晴れ 晴れ 晴れ 曇り 曇り
平均気温(℃) 17.6 17.3 14.0 13.2 14.1 18.6 17.8 13.1 13.7 12.6 14.2 15.4 19.7 20.4 20.6
水  温(℃) 16.0 17.0 13.0 16.5 15.5 18.0 18.0 15.5 16.0 15.0 16.0 17.0 19.0 18.5 19.2
水  位(cm) 27.0 28.0 26.0 31.0 33.0 33.0 30.0 33.5 32.0 45.0 34.0 30.0 32.0 31.0 34.0
濁  り
潮  汐 中潮 中潮 小潮 小潮 長潮 若潮 中潮 中潮 大潮 大潮 大潮 中潮 中潮 中潮
ヨシノボリ 102 201 167 60 15 40 148 8 5 0 8 26 27 173 51
オイカワ 52 55 61 42 17 126 5 1 3 0 3 48 8 78 2
スゴモロコ 6 8 1 0 19 3 0 0 3 0 0 2 2 0 0
タモロコ 84 44 49 11 3 8 14 0 1 0 1 17 5 21 13
ア ユ 122 51 24 5 1 0 1 2 0 0 0 0 5 15 3
モツゴ 7 23 14 1 5 4 4 0 0 0 0 5 0 5 4
ムギツク 5 2 6 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0
シマドジョウ 13 11 4 0 2 5 9 0 0 0 1 2 1 16 3
ドジョウ 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1
ギンブナ 2 4 3 3 0 2 2 7 0 0 1 5 5 3 12
アブラハヤ 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 2 1 1 0
ウグイ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
マルタウグイ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
ブルーギル 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
ヌマチチブ 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
カワムツ 0 0 0 0 1 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0
ナマズ 0 0 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0
カマツカ 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0
カムルチ 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0
ウキゴリ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
トンボヤゴ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
モクズガニ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
スジエビ 20 42 77 223 109 92 77 4 96 4 19 78 28 18 75


日  付 4/18 4/19 4/20 4/21 4/22 4/23 4/25 4/26 4/27 4/28 4/29 4/30 5/1 TOTAL
天  候 曇り 曇り 曇り 大雨 曇り 曇り 曇り 晴れ 晴れ 晴れ 曇り
平均気温(℃) 15.8 15.4 16.6 14.6 15.7 15.8 15.2 12.0 12.6 13.0 15.1 17.4 15.3
水  温(℃) 19.5 17.5 19.0 18.0 15.5 19.0 18.2 16.0 18.0 17.5 17.5 18.7 18.2
水  位(cm) 33.0 34.0 35.0 33.0 27.0 34.0 27.0 30.0 32.0 31.0 42.0 37.0 36.0
濁  り
潮  汐 中潮 小潮 小潮 小潮 長潮 若潮 中潮 中潮 大潮 大潮 中潮 中潮
ヨシノボリ 95 62 46 43 4 116 221 50 28 97 108 120 26 2047
オイカワ 3 3 5 2 0 34 17 1 3 8 25 4 53 658
スゴモロコ 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 45
タモロコ 31 8 5 7 2 29 113 20 9 20 8 2 0 526
ア ユ 7 19 1 0 0 136 21 157 65 336 283 239 106 1599
モツゴ 0 4 3 3 0 10 7 6 1 15 2 3 1 127
ムギツク 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 15
シマドジョウ 17 3 3 2 1 3 31 1 0 7 5 4 3 147
ドジョウ 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 4
ギンブナ 17 2 5 3 0 67 26 10 4 0 1 10 8 203
アブラハヤ 0 0 1 0 1 0 2 0 0 0 0 1 0 11
ウグイ 0 0 0 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 3
マルタウグイ 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1
ブルーギル 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1
ヌマチチブ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1
カワムツ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 5
ナマズ 0 0 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 7
カマツカ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1
カムルチ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1
ウキゴリ 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 2
トンボヤゴ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1
モクズガニ 0 0 0 0 0 3 0 0 0 0 0 0 1 4
スジエビ 36 28 61 2 2 16 118 50 51 18 65 14 25 1376
TOTAL * * * * * * * * * * * * * 6786


W.観察を通じて感じたこと

(捕獲数の変化)             
それにしても驚くべき魚の数でした。        
毎日カゴのフタを開けるたびに、その数に目を見張る思いでした。その中でも、著しく数に変化のあった7種類を、過去2年間のデータを並べて見ると下記のような表になります。
年を重ねるたびに、仕掛けの改良もありましたし、この数の違いが、そのまま川環境の変化とは言いにくいのですが、現場で観察をしていても、明らかに魚の濃さは例年にないものでした。           
たとえば仕掛けを掛け終わったばかりなのに、すぐに魚が登り始めます。アユに至っては、日没前後の遡上ピーク時になると、のぼり板を登るどころか、板や仕掛けカゴを一気に飛び越してジャンプするアユでいっぱいになります。水中にカメラを沈めて様子を見ても、その違いは、あきらかに違うものでした。
それに、卵を抱えた産卵遡上中の種も多く、今年に限らず今後の多摩川にも大きな希望が持てそうです。
その他にも、シマドジョウ、スゴモロコ、ムギツクなども、数が伸びていて、中流域で99年の集中豪雨の大増水後に初めて見たこれらの種も、中流域での定着を成功させた模様です。
「なぜ、魚が急増したのか・・・?」これはやり甲斐のある新しいテーマの発見になりました。

≪魚種別総数にて、特徴的に数が増えた種とその数≫
* 2000年度 2001年度 2002年度
ア ユ 3 116 1599
ヨシノボリ類 680 395 2047
オイカワ 54 63 659
スジエビ 150 119 1376
シマドジョウ 80 5 147
フナ類 42 10 203
スゴモロコ 0 1 45
ナマズ 1 0 7
総  数 1528 1215 6786


(環境の転機と遡行のタイミング)
観察中、毎日同じように魚がカゴに入るわけではありません。まったく入らない日があったり、突然予想もしていないほど入ったり毎日様々です。水生生物たちが、それぞれどんな環境変化をタイミングに遡行を開始しているのか、これは大変に興味の湧くところです。
もし魚たちのやる気≠ノ何らかの決まったリズムがあるとしたら・・・やっぱ、面白いですよね。
昨年に引き続き、この30日間にあった気象や河川環境の変化と、のぼり板にのぼった魚の数を較べてみました。
まずは、気温や水温とカゴに入った水生生物との比較です。比較的毎日カゴに入ってくれた、調べやすい5種でグラフを作り重ねてみました。

グラフー@  気温・水温変化による種別観察数の動向

うーーん、難しいですね・・・。気温や水温からでは、はっきりとした遡行タイミングは分かりづらいようです。
でも、よくグラフを見ると、後半にいくつかのピーク集まっています。この魚たちを、やる気にさせたのは、どんな変化だったのでしょう。
今度は、水温と同様に、川の環境の大きな要素でもある水量について、降水量を元に重ねて考えてみました。

グラフーA 気象庁横浜管区発表による、4月の日割り降水量

うむむ・・・これはちょっとグッときています。グラフ上の両方のピークが重なっているように見えます。よく見ると、さらに雨の増水時には、遡行が少なく、川の濁りが取れる頃に、魚たちのやる気は一層出ているようです。
どうやら水温は、全体的な遡行開始のきっかけで、それ以降は水温の変化よりも、水量の増減の方が、直接的なきっかけになっているようでした。
そして最後に、昨年に続き、潮時別での捕獲数の変化を、比較的分かりやすく変化があったアユで見てみることにしてみます。


(潮時別、アユにおける1日捕獲平均数)

大潮日:1日平均 171匹
観察日 4/14 4/27 4/28 4/29 計4日
捕獲数 0 65 336 283 計684匹

中潮日:1日平均 60.8匹
観察日 4/2 4/3 4/9 4/10 4/15 4/16 4/17 4/18 4/25 4/26 4/30 5/1 計12日
捕獲数 122 51 1 2 5 15 3 7 21 157 239 106 計729匹

小潮日:1日平均 8.8匹
観察日 4/5 4/6 4/19 4/20 4/21 計5日
捕獲数 24 5 19 1 0 計49匹

以上、それぞれのデータを組み合わせてみると、遡上水生生物の遡行のタイミングは、水量や潮時など、複合的な組み合わせで生まれる川の環境の変化により発生していることが想像できました。

(自然再生と再生環境)

この観察で仕掛けカゴに入る多くの水生生物は、この多摩川で自力で繁殖を続けている生き物たちです。毎年、各地で放流されているアユにしても、河川環境が改善されつつある多摩川では、天然遡上数に、はるかに及ばない数でしかなくなりつつあります。
今年はアユに限らず、多くの魚種で著しい数の変化がありました。相変わらず想像の域を出ませんが、理由のひとつとして、それぞれ繁殖地での環境条件が例年になく良かったことが考えられます。
この数年、夏の終わりに大きな増水がある年が続きました。増水は、川底を新しく生み変え、新しく積もった大量の砂利はフワフワと柔らかい川底を作ります。今回の観察で数を増やした種の多くが、そういった川底を産卵床として利用する生き物たちでした。さらに綺麗な川底では、魚たちの餌となるコケや水生昆虫なども良好に育ちます。
昨年は、雨の多かった一年でした。どんな風に多かったのか、調べてみました。


(多摩川中下流域における昨年の降水量の変化

東京管区気象台気象観測データ(神奈川日吉)より 単位mm
* 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 年間
降水月年平均値 45.7 57.6 129.1 128.0 136.5 179.7 168.5 160.4 226.0 169.3 103.9 35.3 1512.3
2001年度降水量 134.0 35.0 110.0 47.0 176.0 177.0 69.0 272.0 250.0 330.0 133.0 41.0 1774.0


月年平均値と、大きく降水量の違っている10月11月は、多くの魚の産卵期に重なります。中でも、捕獲数が十三倍以上に増えたアユでは、汚れた川底では上手く産卵する事が出来ません。粘着性の卵が底の石にくっ付かなかったり、卵が酸欠を起こしてしまうそうです。それに孵化した仔魚たちも、素早く海まで下らなくてはなりません。他の魚に捕食されたり、数の消耗が大きくなるからです。したがって産卵期に、増水によって汚れた砂利が動くことや、仔魚を一気に海まで流すことなど、昨年はその当たりの事が上手くいったのかもしれません。川の増水は、流域に暮らす我々にとって少々怖い話でもあります。でも、四季折々に点在する自然現象は、魚たちにとって大切な川の環境メカニズムなのかも知れませんネ・・・。


X.観察を終えて

年が明けて、2月に入る頃になると、観察用仕掛け作りが始まります。毎年、使い回しでも良いのですが、観察中に次々と欠点が発見されてしまい、観察のたびに新作作りをしています。
今年の仕掛けカゴはスチール製です。たび重なる妨害に破損してデータが取れなくなる日が出ないよう頑丈にしました。取り損ねたデータがあると、集計している時にどうしてもその日がどうだったのか、気になって仕方がないからです。
おかげで、数ヶ所、蹴飛ばされてへこみましたが、破損して観察できなくなる日はありませんでした。たぶん蹴った人の足の方が破損しているに違いありませんネ・・・。
春は希望の季節です。河原に花が咲き、空に小鳥が舞うように、川の中で観察を通じて、活気に満ちあふれた魚たちとたくさん出会えるからです。 魚類豊作を確認することになった今年は、特に楽しい観察となりました。
多くの流域の方々に、この素晴らしい多摩川の現状を知っていただけたら・・・と願っています。



四月の花:オオイヌノフグリ

By KEN NAKAMOTO
HP Design By TANSUIGYOCLUB’S SAKU
15.January.2003

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